クローズアップ現代 なぜ真相は埋もれたのか ▶これもまた「司法の堕落」の疑い!?

 日航ジャンボ機墜落事故 検察官が明かした捜査の舞台裏【クロ現】| NHK | #shorts

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消し損なっていたビデオを眺めた

新たに知りえたこと=修理ミスの内容=が報告されている。

ミスをした当事者には未だ辿り着けていない

捜査当局の拘り=司法取引に応じない姿勢=が真の原因も修理の当事者も闇に埋めてしまったのに、当時の担当者に改めてインタビューするとそれで良かったと言っている。当時の担当とそれに繋がる人たちが他界していけば取引に応じても直深窓には届かなくなるのに愚かしい。今からでもそうさの抜け漏れを埋める努力を再開すべきではないか。 

品質管理の世界では、問題を究明する時に、人の問題には決してしない。人を原因に置いた瞬間、品質は担保されない。誰でも知っていること。常に仕組みの問題、組織の課題として捉える。仕組みの問題が具現化するのは、多くの場合、人の作為或いは不作為。行き着く先は組織のヘッドになるのが普通のこと。 

 真理探究を抜かして、犯人も無ければ、司法の面子も無いだろうに。そのOBは今尚無反省な発言をしていたが、これが日本の司法の現状と言うことだろう。

現場担当は組織に従っただけ。問題は組織(ボーイング関係)のもの。そのトップは逃げも隠れもしないのに。日本の司法の方が勝手に話が大きくなることを嫌った 結果が何もしない何も分からない状況を作った。愚かなことに今尚無反省姿勢でいること。これは40年前の話ではない。今の日本の司法の問題と理解すべきでは!?

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▶司法の世界に品質管理は馴染まない?(笑)

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クローズアップ現代 なぜ真相は埋もれたのか ー日航機墜落41年の新証言ー

8月26日 夜7:30放送
NHK ONEで9月2日まで配信 

https://news.web.nhk/newsweb/na/nd-20260825de46167

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息子はなぜ… 母親が問い続ける“事故の真相”

冒険の旅―
それは9歳の少年が、1人で飛行機に乗って親戚を訪ねる旅行でした。母親は羽田空港で、大阪へと向かう息子を見送りました。その飛行機が、まさかの墜落。

「なぜ事故が起きたのか、防ぐことはできなかったのか?」
当局の捜査でも明らかにならなかった事故の背景に、母親は疑問を抱き続けてきました。

そして墜落から41年。母親は初めて事故調査の責任者と話す機会を得て、新たな事実を耳にしました。

あの日 9歳の健くんは一人で飛行機に乗った

美谷島 邦子(みやじま くにこ)さん、79歳。その部屋に入ると、息子との思い出の品々を見せて健(けん)くんのことを語ってくれました。

美谷島 健くん(当時9歳)

美谷島 邦子さん
「ちょうどこれは亡くなる1か月前かね、花火大会に家族全員で行って。お父さんが撮った写真かな。
電車が何しろものすごく好きで。あらゆるところの時刻表を自分で書いてみたりとかね」

美谷島さんが次に見せてくれたのは、大量に切符が入った箱。健くんは、自分や家族がどこかに出かけたときの切符を大事に残していたといいます。

美谷島 邦子さん
「集めていた姿を思い浮かべると、うーんって思いますのでね、そんなにめったには出さないんですけど。でも、いつもそばに置いてますね。
アルバムとか日記とか、そういうものはどうしても手放せなくて」

そんな健くんは、9歳の夏休みに初めてプールで25mを泳ぎました。そのご褒美として、親戚の住んでいる大阪まで1人で飛行機に乗る「冒険の旅」をすることになりました。

美谷島さんは羽田空港まで健くんを見送り、家に帰宅。そのときテレビのニュースで、飛行機の機影が消えたという字幕が流れました。つい先ほど、健くんが乗った飛行機でした。

翌朝、群馬県・御巣鷹の尾根に墜落した機体が発見されました。520人が犠牲となった日航ジャンボ機の墜落事故に巻き込まれたのです。

美谷島 邦子さん
「飛行機が行方不明になって、私はすぐに健を迎えに行こうと思いました。飛行機の中では周りには誰も知っている人がいない。1人でいる。助けてあげなければ、と思ったからです。いても立ってもいられませんでした」

事故から4日目の朝、美谷島さん夫婦は現場に向かうことにしました。警察官や自衛隊の足跡を頼りに、道なき道をはうようにして4時間かけて登りました。
そこで目にしたのは、壮絶な光景でした。

美谷島 邦子さん
「ここに520人の人たちがいるとは思えないひどい様子。山のどこかに息子がいるような気がして『健ちゃん、ごめんね。ごめんね』と山の方につぶやきました」

そのときの美谷島さん夫婦を写した写真があります。

美谷島さんは写真をもらったものの、健くんの仏壇にしまったまま長年見ることができなかったといいます。

美谷島 邦子さん
「見た途端、あの日に戻るっていう感覚がすごくて。
見られるようになったのは、25年たってから。私の原点はここにあると思って。あの山に健を迎えに行った、あの日なんだと思って」

墜落原因はボーイング社の修理ミス

なぜ墜落事故は起きたのか―

1978年に起きた日航機の“しりもち事故”

事故調査委員会の報告書によると日航ジャンボ機は墜落の7年前、着陸時に機体後部が滑走路に接触する“しりもち事故”を起こしていました。

圧力隔壁(イメージ)

その際、客室内の気圧を調整する「圧力隔壁」と呼ばれる部品が故障。機体の製造元であるボーイング社は、圧力隔壁の下半分を交換する修理をすることになりました。

ところが圧力隔壁の一部で、接続ができない問題が発生。その対応として、隔壁の上半分と下半分を「1枚の接ぎ板」でつなぎ止めるよう指示が出されました。
しかし、実際に使われた接ぎ板は2枚でした。その結果、一部の留め具に負荷が集中し強度が低下したのです。

そして、“しりもち事故”の7年後…

日航ジャンボ機 墜落の原因イメージ

飛行中に圧力隔壁が破れ、客室内の空気が急激に漏れ出しました。そのことで垂直尾翼が破壊され、墜落に至ったと結論づけられています。

ボーイング社は修理ミスがあったことは認めています。しかし「なぜ修理ミスが起きたのか」については、今日に至るまで明確には答えていません。

なぜ修理ミスが起きたのか 41年間の疑問

事故で健くんを失った美谷島さん。講演会などで、訴え続けてきたことがあります。

美谷島 邦子さん
「ボーイング社の修理ミスについては、いまでもどんな状況で起きたのか、私たちは知りたいと思っています。被害者は自分なりに納得したいんです。納得しないと前に進めないんです」

その思いは、ボーイング社の責任を問いたいわけではなく、空の安全を守りたいという気持ちからだと私たちに語りました。

美谷島 邦子さん
「ボーイングの修理については、もう責めるつもりは全くない。修理ミスから学ぶことの大きさを考えたときに、やはり彼らが同じフィールドに立ってくだされば、お互いに理解できることはもっとあるかなと思っているんですけどね」

“できる限りの事実を知りたい” ボーイング社 元社員との初対話

疑問を抱えたまま歳月が流れた41年。美谷島さんは一通の手紙を書きました。
当時のボーイング社の社員と話をしたいと、取材班を通して伝えることにしたのです。

美谷島さんの手紙
「安全は皆で創るもの。そこには加害者も被害者もありません。互いに理解を深め、ともに空の安全を築いていきたいのです。
そのために、できる限りの事実を知りたいのです」

手紙を受け取ったのは、ボーイング社に長年勤めていたジョン・パーヴィスさん(89歳)です。

事故調査の責任者として、事故直後にボーイング社から墜落現場に派遣されていました。
当時の調査チームのメンバーが亡くなり、次第に自分が数少ない生き証人だと自覚するようになったパーヴィスさん。知りうるかぎりのことを伝えたいと、初めて対話に応じることになりました。

ジョン・パーヴィスさん
「今でも犠牲になった方々や、ご遺族の方々に心を痛めています。彼女の懸念に応えられるお手伝いができればと思います」

こうして、遺族と元ボーイング社員の初対話が実現しました。

美谷島 邦子さん
「私は今日、このような日が来るとは思っていませんでした。とてもうれしいです」

ジョン・パーヴィスさん
「多くの事故調査を行ってきましたが、あの事故が最も心を揺さぶられました」

パーヴィスさんが語り始めたのは、事故の原因を突き止めた時のことでした。

ジョン・パーヴィスさん
「3回目の調査のときだったでしょうか。ホテルに戻った夜の10時ごろだったと思いますが、互いの調査記録を比較しました。そこで、チームの構造担当者が何かに気づいて、図面を描いて私に説明してくれました。
そして(本社のある)シアトルに連絡を取り、私たちが発見したことを報告することにしたのです」

ジョン・パーヴィスさん
「圧力隔壁の縁の近くに生じていた亀裂の入り方が、正しく修理されていたら起こりえないものでした。これにより、圧力隔壁に調査を集中できたのです」

美谷島 邦子さん
「調査報告書には、やっぱりそこらあたりの様子が書かれていないので分からなくて。実際にパーヴィスさんがその場におられて見られたこと、私たちにとってすごく心に残る内容です」

美谷島さんが知りたいと願い続けてきた「修理ミスが起きた理由」について、パーヴィスさんは。

ジョン・パーヴィスさん
「技術者による修理方法の誤解だったと思います。あくまで推測に過ぎません。修理を計画した担当者とだけは2回話しましたが、修理自体については話しませんでした。
残念ながらそれ以上は分かりません」

「自分の担当は墜落事故の調査で、修理ミスが起きた理由までは分からなかった」。パーヴィスさんは、そう説明しました。

事故の教訓は生かされたのか

美谷島さんには、もう一つ聞きたかったことがありました。それは「事故の教訓がどう生かされたのか」について。

美谷島 邦子さん
「疑問の最後にあるのは、どうやって教訓が生かされているのかに尽きると思うんですね。なぜ事故が起きて、そして防げなかったか。そのあと、その教訓がどういうふうに世界の空で生かされているのか」

ジョン・パーヴィスさん
「私は調査で得たことを報告しました。特に日航機の事故を教訓として、圧力隔壁自体が大幅に強化され、修理手順も全面的に見直されました」

修理ミスの理由は明らかにならなかったものの、その教訓を空の安全につなげるため、ボーイング社の中で共有されていたことを知りました。

美谷島 邦子さん
「命はこうやって生かされているんだという事実を胸に収めたときに初めて、決して無駄ではなかったという一つの納得が生まれます。納得ってある意味、違う立場の人とのお話をしない限りは、生まれないんだなと私は思ってきました。
今日は、そういう意味では、こんなことが行われているんだよ、命は生かされているんだよということをお伺いできて、とてもうれしいです」

美谷島さんは、いつかパーヴィスさんとアメリカで会うことを約束。日航機墜落事故の遺族とボーイング社の事故調査の責任者、2時間にわたる初対話はこうして終わりました。

美谷島 邦子さん
「真実を語ってもらって、そこから教訓を生かしていくことが真の安全につながると思います。
やっぱり命を生かしたいって思いは、ほかの遺族も一緒なので、そういううねりみたいなものは皆で大事にして一緒に発言していきたいと思いますし、それが次世代につながることになると私は思いたいです」


「安全は、目では見えない。安全は、祈ったり願ったりするものではなく、作っていくもの―」

美谷島さんが、大勢の人たちに語りかけることばの一つです。

日航機の墜落から41年。修理ミスの理由など、未だ明らかになっていないことがあるなか、亡くなった大勢の方の命のためにどう空の安全を守っていくべきか。新たな事実が明らかになることを願いながら、その使命を社会全体で受け継いでいく必要がある。取材を通してそう感じました。

 

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