高野連と高校生らしさ

 




高野連と高校生らしさ


高野連

  1. 公益財団法人日本高等学校野球連盟
  2. https://www.jhbf.or.jp/

高野連のホームページを見てもパフォーマンス問題あるいはペッパーミル騒動に関する釈明もコメントも何も掲載されていない。このような姿勢の連中が高校生らしさを求めるのか。教育者らしさ、大人らしさ、を何も感じない。

考えの古い、姑息でずるいだけに見える。


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高校生らしさ

  1. 敬遠四球は高校生らしくない。松井の時は全打席四球を放置。
  2. 犠打や盗塁は高校生らしくない。大量得点差でも禁止していない。
  3. 隠し玉は高校生らしくない。
  4. 相手を圧倒する数を頼んでの応援は高校生らしくない。
  5. 部員の数が一方は100人を楽に超える。他方は50人にも届かない。勿論練習施設環境も大きな差がある。アンフェアは高校生らしくない。
  6. アメリカでは大量得点差で糖類などしたらブーイングだけどこれは高野連の高校生らしさから外すの。

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高校生らしさを決めるのは誰?。高校生自身でしょ。選挙権もある立派な社会の構成員。その人たちに余計なバイアスを掛けることは許されるのか。

ガッツポーズがルール違反ならルールに記載すべきだ。高校生以外はリトルリーグでもガッツポーズは普通。

不明確な、その場その時の勝手なルールを作っているなら、一部の大人の横暴でしかない。

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高野連の一部の連中が勝手に作り上げたご都合の高校生の姿を押し付ける。これは立派な虐待行為では。

高校野球ファンが高野連らしさを勝手に作って強要しても構わないのか。無視するだろう。特権に胡坐をかいてのパワハラと何も変わらない。

説明責任を十分果たそうとしていない。それって高野連らしさなの。

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|エラーで出塁したら喜んではいけない

何を言っているんだろう。

エラーとヒットは紙一重。そんなに厳密に判定できるものでない。

練習不足(何かの事情がるのだろう)

緊張感、疲れ、焦り

守備側のサインミス

グランド整備の不十分さ。あるいは競技中にグランド面が荒れて来た。

ボールに変な回転が掛かっていた

想定外の風や光や音が入って来た

審判のジャッジミス

等々エラーの側面は様々。そんなことを喜び選手は誰も居ない。塁に出ると言う目的を達成できたことを喜んでいるに過ぎない。

エラーであっても最善を尽くした結果の事象として受け止めるべき。

相手のエラーで出離は喜んではいけないの?

ヒットなら喜んでいいの?。控えのへなちょこピッチャーのイージーボールをヒットして喜んでいるって残酷だけどこれはNGにするの。

四球や死球で出塁を喜んではいけないの。


結果にどんな名称を付けようがそれぞれ最善を尽くした結果として受け止めればいいのではないか。

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喜んでも良いけどパフォーマンスは駄目?

感情表現を禁止するの?

感動の極みで思わず出てくる感情表現。高野連はこれをジャッジして白黒つけようと言うの?。そんな恐れ多いことをやる資格も資質も何も無いだろう。

稼働の余り審判に殴りかかったり抱き付いたりしたら、ルール違反だろうが、あるいはゲーム進行を妨害する行為でもあれば論議になるだろうが。

拳を握ってグリグリをNGにする理由など何処にも無い。この審判は傲慢過ぎる。自分の主観を押し付けているだけ。何の根拠もなあいことをやって審判として失格だろう。

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ピッチャーは直球だけ。変化球を投げたら高校生らしくない。

鳴り物入りの応援も。

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@2023/03/30

昨日は2塁打でガッツポーズをしている選手がいたがあれはOKなのか。そもそも基準自体がいい加減。その日その人の気分でやっている。出鱈目な高野連。

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校則

校則にも高校生らしさを求めるものがあるのではないか。

校則に記すべきは、先ず、校長の役割責任、教師や職員も同様、PTAについても。

その一環で、子供への期待役割。ルールは子供が守る分もあれば教師や親が守る分もあるだろう。

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高市早苗|女性初の総理に向けて






イラストになった高市早苗

検索すると多彩なイラストの高市早苗を発見できる。良くも悪くも多くの人に関心を持たれていることが分かる。それこそが彼女を特徴づけるものと言えそうだ。

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高市早苗|女性初の総理に向けて

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高市早苗

https://www.sanae.gr.jp/

これは恐らく高市早苗の公式ホームページと思われるサイト。

これを見て、「チーム高市早苗」の顔が見えて来ない。総理を目指すなら、しかも女性初のチャレンジなら、専門家スタッフによるチームワークは欠かせない。裏でこそこそやるレベルでは大きな舞台はこなせない。早苗個人の資質だけでは国会議員だって本来は難しい。小手先、口先は、頼る人が居る時は成立するアプローチ。上の天井が抜けている今は全く違った動きにならないと無理。安倍晋三後に取りこぼしが増えている理由でもある。

高市早苗がツイッターで案内した捏造問題に関する提出資料をコピーした。

https://twitter.com/takaichi_sanae/status/1639161333873782785

話し言葉を文字に落としているので返って読み難くなっているため若干文字サイズ等の修飾をしている。

楽屋裏とも言えそうな部分を開示しているので貴重。早苗の勇気も立派と言いたい。

問題は幾つかあるが、結局はライターの能力を疑うことになるかも知れない。

https://www.sanae.gr.jp/column_detail1424.html

総務省文書に関して参院予算委に提出した資料①

更新日:2023年03月24日

 総務省文書に関して、去る令和5年3月22日に、参議院予算委員会理事会に資料を提出しましたので、委員会のお許しを得て、順次アップ致します。

1.4枚の文書全体について:令和5年3月16日に提出した資料及びメール記録の意味

_ ①4枚の文書に共通する点であり、問題の本質であるところの、私の平成27年5月12日の参議院総務委員会における答弁が「礒崎元総理補佐官の影響を受けたものではない」ことを証明するため、去る3月16日に、

平成27年5月11日に担当課が作成した答弁案に対する私の疑問に答えるために、同年5月11日深夜に「5月12日の答弁案を作成した課から大臣室に送られてきた資料」、

平成27年5月12日の総務委員会前夜であることを立証できる「委員会前夜の私と大臣室のやり取りのメール」をプリントアウトしたものを、

貴委員会に提出させていただきました。

_ ②平成27年5月12日の参議院総務委員会の答弁については、委員会前日の平成27年5月11日に初めて担当課の案を見ました。

 担当課の答弁案を見た際、「番組全体で見る」ことと「一つの番組で見る」こととの関係について、明確には理解が出来ませんでした。

 特に、「番組全体を見る中で一つの番組を見る」という従来の解釈を越えて、「番組全体を見ずに、一つの番組を見る場合がある」ように誤解を与えないのか、という点が気になりました。

 そこで、提出させていただいたメールにもある通り、「放送事業者の番組全体で考えなければならない論理的根拠」「一つの番組においても判断することがあり得ることの整理」などについて、大臣室を通じて担当課に説明を求め、資料をいただき、自ら論点を整理し、確認を致しました。

 5月11日深夜に担当課からいただいた資料を読み、「番組全体を見て判断する」という考え方や、運用面において「一つの番組においても、放送法第4条第1項2号(政治的公平)との関係において、編集上の重大な過失があったこと等について、行政指導(地上波2波)が行われたことがあること」については、放送事業者にも共有されていることが理解できましたので、この答弁案は、「従来の解釈を変えるものではない」と判断し、翌5月12日の総務委員会では、総務大臣として責任を持って答弁させていただきました。

_ ③令和5年3月16日に貴委員会に提出した資料及びメール記録は、答弁前日の5月11日の夜になってから、私が担当課作成の答弁案に納得出来ず、深夜まで大臣室と担当課がやり取りをし、説明資料をいただいた上で、私が答弁案を判断した根拠となるものであり、また従来の放送法解釈を変更するものでないことをしっかりと整理した証拠にもなるものです。

_ ④前年(平成26年)から礒崎元総理補佐官と総務省情報流通行政局がやり取りしていたことや、礒崎元総理補佐官の問題意識などについては、全く承知しておりませんでした。

 仮に次に記する平成27年2月13日とされる文書の時期に、私や大臣室の職員が、担当課から文中にある「補佐官からの伝言」や「番組全体で見ることと一つの番組で見ることとの関係」など放送法の政治的公平に関するレクを受け、論点整理が出来ていたら、約3カ月後の平成27年5月11日の深夜まで、上記のようなやり取りを大臣室と担当課の間で行う必要は無かったはずです。

_ ⑤内容が正確ではないことに加え、4枚の文書のうち、3枚は「作成者不明」「配布先不明」であり、4枚とも「作成目的」が不明であることから、信頼に足る文書ではないと考えます。

 唯一、作成者名が記されている平成27年2月13日付の文書も「配布先」に当該レクの当事者とされる「大臣室」が入っていない上、大臣室のパソコンから情報流通行政局のフォルダは開けないことから、私も、同席したと記されている大臣室職員2名も、文書内容のチェックは不可能でした。

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https://www.sanae.gr.jp/column_detail1425.html

総務省文書に関して参院予算委に提出した資料②

更新日:2023年03月24日

2.平成27年2月13日付「高市大臣レク結果(政治的公平について)」の文書について

_ ①私が、礒崎元総理補佐官が放送法にご関心があったこと、また総務省情報流通行政局とやり取りをしていたのかもしれないことを初めて知ったのは、小西参議院議員が当該文書をマスコミに公開された今年(令和5年)の3月2日でした。

 総務大臣在任中にも、礒崎元総理補佐官から私に対して放送法に関するお問い合わせがあったことは皆無でしたし、「礒崎元総理補佐官から大臣室に連絡があったことがあるか」について、今年3月に元大臣室の職員に確認しましたが、「一度も無い」と聞いています。

 また、平成27年5月12日の参議院総務委員会の答弁案を初めて見て、疑問点を大臣室経由で答弁案作成課に問い合わせたのは、前記の通り、委員会前日の5月11日でした。

 従って、平成27年2月の時点で、当該文書にあるような「補佐官からの伝言」(礒崎元総理補佐官と総務省情報流通行政局とのやり取り)や「平成27年5月12日の参議院総務委員会の答弁案」など、放送法の政治的公平の解釈に関するレクを受けたはずがありません。

_ ②私の発言として記載されている以下の部分については、私が発言するはずもない内容です。

「放送事業者の番組全体で」みるというのはどういう考え方なのか。

放送番組の編集に係る政治的公平の確保について、これを判断するのは誰?

「一つの番組」についてはどう考えるのか。

そもそもテレビ朝日に公平な番組なんてある?どの番組も「極端」な印象。関西の朝日放送は維新一色。維新一色なのは新聞も一緒だが、大阪都構想のとりあげ方も関東と関西では大きく違う。(それでも政治的公平ではないと言えていない中)「一つの番組の極端な場合」の部分について、この答弁は苦しいのではないか?

苦しくない答弁の形にするか、それとも民放相手に徹底抗戦するか。TBSとテレビ朝日よね。

官邸には「総務大臣は準備をしておきます」と伝えてください。補佐官が総理に説明した際の総理の回答についてはきちんと情報を取ってください。総理も思いがあるでしょうから、ゴーサインが出るのではないかと思う。

_ ③当該文書は、新たに国会で答弁しなくてはならない放送法第4条の解釈を巡るやり取りと解される記述です。「この答弁は苦しいのではないか」「苦しくない形の答弁にするか、それとも民放相手に徹底抗戦するか」などが、私の発言として記されています。

 そもそも放送法第4条はNHKにも適用されるものであり、「民放相手に…」の発言も意味不明ですし、このような答弁ぶりの打合せなど平成27年2月時点ではあり得ないことです。

 前記した通り、平成27年2月の時点で、「放送事業者の番組全体で」見ることと「一つの番組」に関する考え方など、平成27年5月12日の参議院総務委員会の答弁ぶりについて、私と大臣室職員が最初のレクを受け、その後も論点整理を重ねていたなら、委員会前日の5月11日になってから私が担当課作成の答弁案に対して疑問を持ち、深夜に至るまで大臣室と担当課の間でやり取りをする必要は無かったはずです。

_ ④私の発言として、「官邸には『総務大臣は準備をしておきます』と伝えてください」との記載も、明らかに不自然です。

 私は、指示をする時には、「官邸」という曖昧な表現ではなく、相手が「総理」なのか「官房長官」なのか「副長官」なのかを明確に致します。

 そもそも当該文書に記された「補佐官からの伝言」(礒崎元総理補佐官と総務省情報流通行政局とのやり取り)なるレクは受けていませんので、平成27年5月12日の参議院総務委員会の答弁の「準備」と解される「準備をしておきます」という発言もあり得ません。

_ ⑤私の発言として、特定の放送事業者名に言及して「公平な番組なんてある?どの番組も『極端』な印象」、関西の特定の放送事業者名に言及して「維新一色」とする発言が記載されています。

 しかし、当時も、現在も、報道番組を見るのは朝食時や夕食時(夕食時間はまちまちですが)くらいしかなく、報道番組の見較べはしていません(時間に余裕がある時は、専らドラマとバラエティを好んでいます)。

 平成26年9月の総務大臣就任後、同文書にある平成27年2月までの間、選挙期間も含めて自分の選挙区には殆ど入ることが出来ず(党から他選挙区の応援要請が多かったため)、関西の番組も見ていません。平成27年4月以降は、親の看病と介護のために夜間や週末に何度か奈良県と東京を往復しましたが、テレビを見るどころの状況にはありませんでした。

 平成27年5月12日の参議院総務委員会で藤川政人委員の「総務大臣は、最近の放送をご覧になって、政治的公平性が遵守されているとお考えですか」という御質問に対する答弁でも「放送番組をじっくりたくさん見る機会には恵まれておりません」と答弁している通りです。

_ ⑥そもそも、当該文書では15:45~16:00の15分間でレクが行われたことになっていますが、礒崎総理補佐官からの伝言を伺い、4枚の添付資料も含めて、放送法の解釈について説明を受けた上で、質疑応答を行ったとしたら、15分間では到底収らないはずだと考えております。

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https://www.sanae.gr.jp/column_detail1426.html

総務省文書に関して参院予算委に提出した資料③

更新日:2023年03月24日

3.平成27年3月6日付「大臣レクの結果について安藤局長からのデブリ模様」の文書について

_ ①前記の通り、平成27年2月の時点で、礒崎元総理補佐官と総務省情報流通行政局とのやり取りや、平成27年5月12日の参議院総務委員会の答弁案など、放送法の政治的公平の解釈に関するレクを受けたことはないことから、私の発言とされる以下の記載は、私が発言したものではなく、平川参事官への指示ととれる記載も事実に反するものです。

整理ペーパーと「礒崎総理補佐官からの連絡」で大臣にご説明。最初大臣は本件についてあまり記憶がなかった様子で、第一声は「本当にやるの?」。

大臣は、最近の自民党からの要請文書やNHK籾井会長の国会審議等を見ていて慎重になっているのかもしれない。整理ペーパーを見ているうちに内容を思い出してきたようで、以下のご発言。

これから安保法制とかやるのに大丈夫か。

民放と全面戦争になるのではないか。

総理が「慎重に」と仰るときはやる気がない場合もある。(前回衆院選の)要請文書のように、背後で動いている人間がいるのだろう。

一度総理に直接話をしたい。

 →平川参事官に今井総理秘書官経由で総理とお話できる時間を確保するようその場で指示。(3/6/金~3/8/日の間)

_ ②当時の安倍総理や今井総理秘書官に電話をする時は、自分の携帯電話から発信していましたので、平川参事官に依頼をする必要はありません。

_ ③「安保法制」に関する私の言及も記されていますが、総務大臣就任後初めての通常国会の最中で総務省提出予定法案への対応で精一杯の時期に、他省所管で準備中の法案の名称や内容については閣議決定時まで承知しておりませんでした。現在も、同様です。「平和安全法制」については、平成27年5月に閣議決定、平成27年9月に成立していますので、平成27年3月6日付の文書時点で私が理解できるものではありません。

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https://www.sanae.gr.jp/column_detail1427.html

総務省文書に関して参院予算委に提出した資料④

更新日:2023年03月24日

4.平成27年3月9日付「高市大臣と総理の電話会談の結果」の文書について

_ ①私は、放送法の条文解釈について安倍元総理に電話をしたことも、説明を求められたこともございませんので、この文書にあるような電話会談は存在しません。

_ ②常識的に考えて、仮に法律の条文解釈について総理に説明する場合、担当職員とともに官邸を訪問し、条文や逐条解説をお見せしながら説明しなくては総理の御理解を得られるものではなく、電話で済ませるような閣僚は居ないと考えます。

_ ③「高市大臣と総理の電話会談」と表題にあるにも関わらず、文書には「政治的公平に関する件で高市大臣から総理に電話(日時不明)」と記載されており、平成27年3月6日付文書にあるように総務省大臣室の参事官が総理大臣室と調整してセットした会談であれば、「日時不明」ではなく、日時は確定しているはずだと思います。

_ ④総理と大臣の電話による会話内容を、誰が、どのような方法でメモにできるのか、理解不能です。

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https://www.sanae.gr.jp/column_detail1428.html

総務省文書に関して参院予算委に提出した資料⑤

更新日:2023年03月24日

5.平成27年3月13日付「山田総理秘書官からの連絡【政治的公平の件について】」の文書について

_ ①私は、放送法の条文解釈について安倍元総理に電話をしたことも、説明を求められたこともございません。

_ ②当該文書には山田総理秘書官からの連絡として、「政治的公平に関する国会答弁の件について、高市大臣から総理か今井秘書官かに電話があったようだ」と記されていますが、私は、今井秘書官にも、放送法の条文解釈について電話をしたことはありません。

_ ③総理秘書官室に居られた山田総理秘書官が総理日程を知らなかったとは考えられません。平成27年3月9日付「高市大臣と総理の電話会談の結果」という文書から4日も経過した3月13日になってから「高市大臣から総理か今井秘書官かに電話があったようだ」と出身官庁に曖昧な内容の連絡したことは不自然であり、文書内容が正確であるとは考えられません。

_ ④「総理は『軽く総務委員会で答弁しておいた方がよいのではないか』という反応だったとのこと」、「本件について総理が前向きであり」という記載もありますが、私が放送法の条文解釈について安倍元総理に電話をしたことはなく、事実ではありません。


以上、ご報告申し上げます。

【関連】


日本をもっと駄目にする馬鹿野党

 



日本をもっと駄目にする馬鹿野党(馬鹿野郎?)


無責任すぎる。


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"AI"に一喜一憂



"AI"に一喜一憂


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【うなずきが5cm深い…AI分析で判明・エース社員がしている「人間関係で圧倒的な差がつく」しぐさ】


https://president.jp/articles/-/67660


面白いね

全員が深く頷くようになるとAIは何を言い出すかな

お歳暮お中元の話を始める?

駄目上司の判別方法も分かる?


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袴田事件








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袴田事件


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#袴田さん再審確定 追い詰められた検察、高裁の緻密な認定覆す余地はなく… 】

真犯人は別にいる・・・誰?
冤罪を意図した悪徳の検察・警察がいる・・・誰?

検察・警察はこの2人を探す責任と義務がある

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これからが司法(検察・警察)の本当の仕事。


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環境大臣


氏名 内閣 在任期間 兼務等
国務大臣環境庁長官
1 Sadanori Yamanaka 2002.jpg 山中貞則 第3次佐藤内閣 1971年7月1日 - 1971年7月5日 総理府総務長官
2 OISHI Buichi.jpg 大石武一 第3次佐藤内閣 1971年7月5日 - 1972年7月7日
3 Replace this image JA.svg 小山長規 第1次田中角栄内閣 1972年7月7日 - 1972年12月22日
4 Takeo Miki cropped 1 Takeo Miki 19741209.jpg 三木武夫 第2次田中角栄内閣 1972年12月22日 - 1974年7月12日 副総理 後に内閣総理大臣
5 Replace this image JA.svg 毛利松平 第2次田中角栄内閣 1974年7月12日 - 1974年12月9日
6 Replace this image JA.svg 小澤辰男 三木内閣 1974年12月9日 - 1976年9月15日
7 Replace this image JA.svg 丸茂重貞 三木内閣 1976年9月15日 - 1976年12月24日
8 Shintarō Ishihara 2003.jpg 石原慎太郎 福田赳夫内閣 1976年12月24日 - 1977年11月28日
9 Replace this image JA.svg 山田久就 福田赳夫内閣 1977年11月28日 - 1978年12月7日
10 Uemura-Senichiro-1.jpg 上村千一郎 第1次大平内閣 1978年12月7日 - 1979年11月9日
11 Yoshihiko Tsuchiya.jpg 土屋義彦 第2次大平内閣 1979年11月9日 - 1980年7月17日
12 Replace this image JA.svg 鯨岡兵輔 鈴木善幸内閣 1980年7月17日 - 1981年11月30日
13 Bumbee Hara.jpg 原文兵衛 鈴木善幸内閣 1981年11月30日 - 1982年11月27日
14 Replace this image JA.svg 梶木又三 第1次中曽根内閣 1982年11月27日 - 1983年12月27日
15 Replace this image JA.svg 上田稔 第2次中曽根内閣 1983年12月27日 - 1984年11月1日
16 Replace this image JA.svg 石本茂 第2次中曽根内閣 1984年11月1日 - 1985年12月28日
17 Replace this image JA.svg 森美秀 第2次中曽根内閣 1985年12月28日 - 1986年7月22日
18 Replace this image JA.svg 稻村利幸 第3次中曽根内閣 1986年7月22日 - 1987年11月6日
19 Replace this image JA.svg 堀内俊夫 竹下内閣 1987年11月6日 - 1988年12月27日
20 Replace this image JA.svg 青木正久 竹下内閣 1988年12月27日 - 1989年6月3日
21 Replace this image JA.svg 山崎竜男 宇野内閣 1989年6月3日 - 1989年7月11日
国務大臣環境庁長官・地球環境問題担当
21 Replace this image JA.svg 山崎竜男 宇野内閣 1989年7月11日 - 1989年8月10日
22 Mayumi Moriyama.jpg 森山眞弓 第1次海部内閣 1989年8月10日 - 1989年8月25日
23 Replace this image JA.svg 志賀節 第1次海部内閣 1989年8月25日 - 1990年2月28日
24 Replace this image JA.svg 北川石松 第2次海部内閣 1990年2月28日 - 1990年12月29日
25 Kazuo Aichi.93.jpg 愛知和男 第2次海部内閣 1990年12月29日 - 1991年11月5日
26 Shōzaburō Nakamura.jpg 中村正三郎 宮澤内閣 1991年11月5日 - 1992年12月12日
27 Minister of Environment, Taikan Hayashi.jpg 林大幹 宮澤内閣 1992年12月12日 - 1993年8月9日
28 Wakako Hironaka 20051118.jpg 廣中和歌子 細川内閣 1993年8月9日 - 1994年4月28日
- Tsutomu Hata 19940428.jpg 羽田孜 羽田内閣 1994年4月28日 内閣総理大臣による環境庁長官事務取扱(地球環境問題担当辞令なし)
29 Hamayotsu Toshiko 1-1.jpg 浜四津敏子 羽田内閣 1994年4月28日 - 1994年6月30日
30 Replace this image JA.svg 櫻井新 村山内閣 1994年6月30日 - 1994年8月14日
31 Sōhei Miyashita.jpg 宮下創平 村山内閣 1994年8月14日 - 1995年8月8日
32 Tadamori Ōshima 2018 (cropped).jpg 大島理森 村山内閣 1995年8月8日 - 1996年1月11日
33 Replace this image JA.svg 岩垂寿喜男 第1次橋本内閣 1996年1月11日 - 1996年11月7日
34 Michiko Ishii.jpg 石井道子 第2次橋本内閣 1996年11月7日 - 1997年9月11日
35 Hiroshi Ōki.jpg 大木浩 第2次橋本内閣 1997年9月11日 - 1998年7月30日
36 Kenji Manabe.jpg 真鍋賢二 小渕内閣 1998年7月30日 - 1999年10月5日
37 Kayoko Shimizu.jpg 清水嘉与子 小渕内閣 1999年10月5日 - 2000年4月5日
38 第1次森内閣 2000年4月5日 - 2000年7月4日
39 Yoriko Kawaguchi cropped.jpg 川口順子 第2次森内閣 2000年7月4日 - 2001年1月5日
環境大臣・地球環境問題担当
1 Yoriko Kawaguchi cropped.jpg 川口順子 第2次森内閣 2001年1月6日 - 2001年4月26日
2 第1次小泉内閣 2001年4月26日 - 2002年2月8日 外務大臣(2002年2月1日以降)
3 Hiroshi Ōki.jpg 大木浩 第1次小泉内閣 2002年2月8日 - 2002年9月30日
4 Shunichi Suzuki 20211004 (cropped).jpg 鈴木俊一 第1次小泉内閣 2002年9月30日 - 2003年9月22日
5 Yuriko Koike 200409.jpg 小池百合子 第1次小泉内閣 2003年9月22日 - 2003年11月19日
6 第2次小泉内閣 2003年11月19日 - 2005年9月21日 内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策担当)2004年9月27日以降)
7 第3次小泉内閣 2005年9月21日 - 2006年9月26日 内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策担当)
8 Masatoshi Wakabayashi 200708.jpg 若林正俊 第1次安倍内閣 2006年9月26日 - 2007年8月27日 農林水産大臣臨時代理(2007年5月28日から6月1日まで・死亡欠員のため)
農林水産大臣(2007年8月1日以降)
9 Ichiro Kamoshita 200708.jpg 鴨下一郎 第1次安倍内閣 2007年8月27日 - 2007年9月26日
10 福田康夫内閣 2007年9月26日 - 2008年8月2日
環境大臣
11 Tetsuo Saitō.jpg 齊藤鐵夫 福田康夫改造内閣 2008年8月2日 - 2008年9月24日
12 麻生内閣 2008年9月24日 - 2009年9月16日
13 Sakihito Ozawa cropped 2 Members of the Global Legislators Organization for a Balanced Environment Edward Davey and Tim Hitchens 20130530.jpg 小沢鋭仁 鳩山由紀夫内閣 2009年9月16日 - 2010年6月8日
14 菅直人内閣 2010年6月8日 - 2010年9月17日
15 Ryū Matsumoto.jpg 松本龍 菅直人第1次改造内閣
菅直人第2次改造内閣
2010年9月17日 - 2011年6月27日 内閣府特命担当大臣(防災担当)
16 Satsuki Eda cropped.jpg 江田五月 菅直人第2次改造内閣 2011年6月27日 - 2011年9月2日 法務大臣
17 Goshi Hosono Minshu IMG 5474 20130707 (cropped).JPG 細野豪志 野田内閣
野田第1次改造内閣
野田第2次改造内閣
2011年9月2日 - 2012年10月1日 内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償支援機構担当)
(2011年10月3日まで)
内閣府特命担当大臣(原子力行政担当)
(2011年10月3日以降)
内閣府特命担当大臣(原子力防災担当)
(2012年9月19日以降)
18 Hiroyuki Nagahama 20121001.jpg 長浜博行 野田第3次改造内閣 2012年10月1日 - 2012年12月26日 内閣府特命担当大臣(原子力防災担当)
19 Isihara Nobuteru 2012.jpg 石原伸晃 第2次安倍内閣 2012年12月26日 - 2014年9月3日
20 Yoshio Mochizuki.jpg 望月義夫 第2次安倍改造内閣 2014年9月3日 - 2014年12月24日
21 第3次安倍内閣 2014年12月24日 - 2015年10月7日
22 Tamayo Marukawa 20151007.jpg 丸川珠代 第3次安倍第1次改造内閣 2015年10月7日 - 2016年8月3日
23 Kōichi Yamamoto.jpg 山本公一 第3次安倍第2次改造内閣 2016年8月3日 - 2017年8月3日
24 Nakagawa masaharu.jpg 中川雅治 第3次安倍第3次改造内閣 2017年8月3日 - 2017年11月1日
25 第4次安倍内閣 2017年11月1日 - 2018年10月2日
26 Yoshiaki Harada 2019.jpg 原田義昭 第4次安倍第1次改造内閣 2018年10月2日 - 2019年9月11日
27 Shinjirō Koizumi 20200718.jpg 小泉進次郎 第4次安倍第2次改造内閣 2019年9月11日 - 2020年9月16日
28 菅義偉内閣 2020年9月16日 - 2021年10月4日
29 Tsuyoshi Yamaguchi 20190303.jpg 山口壯 第1次岸田内閣 2021年10月4日 - 2021年11月10日
30 第2次岸田内閣 2021年11月10日 - 2022年8月10日
31 Akihiro Nishimura 20120612.jpg 西村明宏 第2次岸田改造内閣 2022年8月10日 -

脚注


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過去 1 年間

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