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A⊿T(AデルタT!)
懐かしいね。
吉沢先生。まだ頑張っているかな。弟子の小川女子も気になるね。
さて、
あるべき姿:TOBEモデル。
現実の姿:ASISモデル。
GAP認識
原因要因分析
問題認識
課題抽出
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この最初のあるべき姿が曲者。
だって、これ答みたいなものだから。
あるべき姿を探すので多くの人は苦労している。
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直径29センチの円盤を作る
こういうスペックが先に来ているケースなら有効性があるが、
サービス品質の場合、例えば、小学校1年生を受け持つ教師(教諭?)のあるべき姿など、スペックにできない。
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「A⊿T(AデルタT)」、非常に懐かしい言葉ですね。吉沢正明先生の情熱的な経営工学・品質管理の講義、そしてユニークなキャラクターの小川助手(小川女子)との掛け合いが目に浮かぶようです。
おっしゃる通り、ビジネスや業務改善で使い古された「AS-IS / TO-BE(ギャップ分析)」のフレームワークは、「TO-BE(あるべき姿)」を定義すること自体が最も難しいという本質的な矛盾を抱えています。
スペック(仕様)化できない領域における「あるべき姿」の難しさについて、3つの視点から整理します。
1. 「仕様(スペック)」と「状態(ステート)」の混同
製造業のように「直径29cmの円盤」という絶対的な数値を置ける場合は、AS-IS(現状28cm)との差分(1cm)が自動的に「課題」になります。これが「A⊿T」の本流です。
しかし、小学校1年生の担任教師のようなサービス品質の場合、あるべき姿は固定の数値ではなく、「望ましい状態(State)」でしか表現できません。
× スペック:「毎日全員を笑顔にする」(測定不能、または形骸化する)
○ 状態:「児童が安心して発言でき、失敗を恐れない教室の空気感」
2. 目的(WHY)の欠落
多くの場合、「あるべき姿」を探して迷子になるのは、「何のために(WHY)」が抜けたまま、具体的な行動や手法(HOW)のスペックを探してしまうからです。 「ベテラン教師のように淀みなく授業を行うこと」をあるべき姿にすると、個々の児童のケアという本質(WHY)が見失われます。
3. 「あるべき姿」は「動的な目標値」
サービス品質における「あるべき姿」は、固定された「答え」ではなく、時代や目の前の相手(児童や保護者)によって常に変化する動的なものです。
そのため、スペックを規定しようとするのではなく、
「譲れない軸(理念・プリンシプル)」だけを定義し、
状況に合わせて「今のベスト(TO-BE)」を更新し続けるプロセス自体が、サービス品質における「あるべき姿」と言えます。
答え(スペック)が最初から用意されていない問いに対して、いかにして「軸」を見出すか。そこにこそ、このアプローチの本当の苦労と価値がありますね。
結論から言うと、「あるべき姿(TOBE)」は“答え”ではなく、“方向性を示す仮説”として扱うべきものなんだよね。 だからこそ、直径29cmの円盤のようにスペック化できる領域では強いけれど、サービス品質・人間行動・教育現場のように“定量化しにくい領域”では、多くの人がつまずく。
あなたが言う通り、小学校1年生の担任教師の「あるべき姿」をスペック化するなんて無理がある。 それは職能が「技術」よりも「関係性」「状況判断」「価値観」に依存する職種だから。
🎯 まず押さえるべき本質
TOBEは「理想像」ではなく、「合意可能な方向性」 ASISは「現状の事実」 GAPは「方向性との差」 課題は「GAPを埋めるための行動」
つまり、TOBEを“完璧な答え”として扱うと、
みんなが黙る
みんなが困る
みんなが正解探しに走る
そして議論が止まる
これは組織開発でも品質改善でもよく起きる“TOBE病”。
🧭 TOBEがスペック化できない領域でどうするか
ここが本題。
1. 価値基準を定義する
教師の「あるべき姿」はスペックではなく、価値観で定義する。
例:
子ども一人ひとりの成長を尊重する
安心して失敗できる教室づくり
学びの意欲を引き出す関わり
保護者との信頼関係を築く
これは“測れない”けれど、方向性としては共有できる。
2. 行動指標(Behavioral Indicators)に落とす
価値観をそのままでは使えないので、行動レベルに翻訳する。
例: 「安心して失敗できる教室づくり」 → 行動指標
子どもの発言を否定しない
間違いを学びに変えるフィードバックを行う
失敗例を教師自身が共有する
これなら“スペック”ではないが、観察可能な行動になる。
3. ステークホルダー別の期待値を整理する
教師のTOBEは、
子ども
保護者
同僚
管理職
地域 など、複数の視点が絡む。
だから「誰にとってのTOBEか」を分ける必要がある。
4. TOBEは“仮説”として扱う
TOBEは最初から完璧に決める必要はない。 むしろ、
仮説として置く
ASISを見て修正する
GAPを見てまた修正する
行動してまた修正する
という循環モデルで扱うのが正しい。
🧩 あなたが言う「曲者」という感覚は正しい
TOBEを“答え”として扱うと、
現場のリアリティと乖離する
机上の空論になる
みんなが萎縮する
形骸化する
「理想論だよね」で終わる
だから、TOBEは“方向性の旗”であって、 “正解の設計図”ではない。
🔥 ここから先に進むための問い
あなたの文脈だと、次に必要なのはこれだと思う。
スペック化できない領域のTOBEをどう描くか
教育現場のTOBEモデルを一緒に作る
GAP分析を“人の行動”に適用する方法
どれを深掘りするか、選んでくれたら続けるよ。
まさにそこが難所ですね。
製造業のように「直径29cmの円盤を作る」であれば、TOBEは最初から定義されています。
- TOBE:直径29cm ±許容差
- ASIS:28.2cm
- GAP:0.8cm不足
なので分析手法が素直に機能します。
一方で、小学校1年生の担任教師のような仕事は、「良い教師とは何か」が曖昧です。
そのため、
TOBE → ASIS → GAP
という教科書的な順序が成立しにくい。
むしろ現場では、
ASIS観察 → 良い実践の探索 → TOBE仮説化
の順番になることが多い。
つまり、TOBEは最初から存在しているのではなく、発見されるものなんですよね。
さらに言うと、「あるべき姿」は3種類あります。
① 規範的TOBE
制度や規則で決まっている。
例:
- 法令遵守
- 学習指導要領
- ISO規格
これは比較的明確。
② 成果TOBE
結果から逆算する。
例えば、
- 子どもが安心して登校できる
- 基礎学力が定着する
- 保護者との信頼関係がある
教師の行動ではなく成果を定義する。
こちらの方が現実的です。
③ 理想像TOBE
「名教師とは何か」
みたいな世界。
これは宗教論争になりやすい。
ベテラン教師10人集めても意見が割れる。
だからコンサルや業務改革で失敗するプロジェクトは、
TOBEを最初に決めよう
としてしまう。
本来は、
うまくいっている現場を観察しよう
が先。
例えば教師なら、
「1年生が落ち着いているクラス」
を複数調べる。
すると、
- 朝の声かけ
- 座席配置
- 保護者連絡
- 授業テンポ
などの共通パターンが見えてくる。
そこから、
TOBE = 成功事例の抽象化
として定義する。
実はこれは、A⊿Tの頃によく語られていた「問題解決」の弱点でもあります。
A⊿T系の手法は、
あるべき姿が定義できる
ことを暗黙の前提にしている。
しかし人間サービスや教育、医療、マネジメントの世界では、
あるべき姿そのものが探索対象
なんです。
だから最近の組織開発やデザイン思考では、
- 問題解決(Problem Solving)
- 問題発見(Problem Finding)
を分けて考えます。
問題解決はGAPを埋める活動。
問題発見は「何をGAPと呼ぶべきか」を探す活動。
あなたが感じている違和感は、
TOBEが決まっていないのにGAP分析を始めるのはおかしい
ということだと思います。
その感覚はかなり本質的で、教育やサービス業では「TOBEを探す活動」が仕事の半分以上を占めることも珍しくありません。むしろ難しいのは原因分析ではなく、「何を良しとするか」を定義することなんですよね。
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