日立が挑む癌治療:

 ガイアの夜明け

日立が挑む癌治療

このなかでいきなり松任病院の名前が出てきた

父親(ちちおや)・親父(おやじ)様のことを思い出した

何かの治療のために松任へ行くのに

一緒に連れて行ってくれた

松任も病院もどういうルートか、

汽車に乗る前も降りた後も思い出せない

松任のあんころが有名と言って

買って食べたのか話だけだったのか

途中大きな川があった

親父は親父で健康を取り戻そうと必死だったのかも知れない

恐らく今の医療技術なら

簡単に治せる病気だったと思う

先立つものが無くて

実質放置されてしまったのだろうか

県立病院への見舞い

バスを乗り継いでいくのだがバスセンターでバスに乗るのが大変だった

各方面へ向かうバスが次々に来るので間違えないようにしないといけない

病院へついても病院(病室?)の外で待たされたような

病室に入った記憶はない

結核の感染を恐れて子供は入れないということ

帰りは駅近くで食事

見すぼらしい親子に見えたのだろう

何処かのおじさんがカニを少し分けてくれた

覚えているくらいだから

やはり美味しかったのではないか

*

訃報で駆け付けた北潟臨湖園(?)

師走の朝の連絡

悲しみのまま学校へ行くと直ぐに連れ戻された

親父様に対面

手を胸で組んでいたが顔は苦痛の表情に見えた

親戚の人が何人か来ていたはずなのになにも思い出せない

親父様が病院に入る時、寂しさのあまり憎まれ口を他たいのを思い出す。

あんな馬鹿なことを言ってはいけなかった

そんな病院へ入ると生きて帰れない

思わず口から出てしまった

いくら後悔しても後悔しきれない

気性の強い父親がその時は笑っていた

普通ならバカなこと言うなと叱ってくれたのに

立て続けに記憶が走る

親父にバカとか言ったら張り手されたような記憶がある

蚊帳の中を逃げ回っていたから、時期は夏のこと

騒ぎに気付いた母親が逆に父親に怒っていた

思い出すと微笑ましい

結核

今でも油断はできないが

薬か注射でなおる病気の筈

先日、仕事で訪れてた松任は白山市になっていた。


”りんりんりんどうはこむらさき~”と機嫌よく歌を口ずさんでいた

島倉千代子?

思い出すことはみんな鬼籍に入っているのかな

親父の葬式は自宅

子供でも

長男が喪主

今思えば少し残酷というか気の毒

そういう時代だった

三国の花火大会

親父に連れられて行ったのか話だけだったのか

覚えていない

人ごみの中で本当に頭上に上がったものしかよく見えなかったような

三国の海水浴場で迷子になった方は少し覚えている

同じ年の子と一緒になって砂遊びに夢中になっていて

大人たちが探しに来るまで気付かなかった

悪いことをしていたわけでもないのに叱られたような

荷車を親父さんが何処かから借りて

春のわらびだったと思うけど、山のふもとに出かけたこともあった

遠縁の村の子、同じ年の子、途中から合流

切ハムのお弁当

その子の分の用意が無くて如何したのか

思い出しても心配

収穫ほぼゼロで引き上げる

帰りの途中に

その子が、タケノコを見つけて掘り出してくれた

せめてもの収穫だったか

荷車を引いて

舗装していない道を歩いて帰る

子供の時は遠い道と思ったが

車なら10分もかからない距離

どういうおしゃべりをしていたのか

思い出したくても何も出てこない

この田舎道は、いろいろな用事で、歩いて行き来したものだ。

全部、子供の頃の話だけど

町と村の間のルートはいくつもある

長畝(のうね)とか女形谷(おながたに)とか

親父への感謝を思い出すと母親への感謝も思い出す

我に返ると、

なぜ、

自分はこんなところにいるんだろう?

とも

今どきの癌治療は苦痛を与えず

素晴らしい成果

適応部位がまだ限られているとしても

将来の高齢化社会の様子は様変わりするだろう

親父は今なら早死にだろう

もっともっと人生を生きたかっただろうな

4人兄弟の3男だったと思う

親父の兄(次男)が近くにいて、何をしたのか知らないが、まだまだ力が強くてかなわないようなことを嬉しそうに言っていた。

その人も不幸なまま旅だったように思う。

御天守から医師が飛んで窓ガラスに当たったのに、角度の加減が良かったのかガラスは割れずに石は跳ね返って落ちた。

親父と一緒に窓から外を見ているときの話

今思えば一つ間違えれば大惨事だったかも知れない

親父は神様仏様の思し召しを口にしていたか。

こうせいかいとか言っていた

親父様の信心のおかげと思っておいて悪くない

入退院を繰り返す父親は家似た時間は本当に少なかった

当然触れ合う時間も

今、

求めるだけの自分を思い出すと恥ずかしいし無念、

何もできなかったことが辛い

何一つ取り返せるもがない

できるとしたら、

時々、親父様のことを思い出してあげること

自分以外は、もう誰も親父様のことを思い出したりしないだろう。

自分だけができる恩返し?償い?

*

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