馬鹿の証明:尾身茂の巻
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「馬鹿」と言えば失礼に聞こえるかも知れないけど、まあ普通に「人」の代名詞と思って欲しい。誰でもいつかどこかで馬鹿になるのだから。その真実の瞬間を垣間見ることがあるだけのことだ。
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致命的失言
尾身茂の致命的失言は、「渋谷のスクランブル交差点」がどんなに混雑してもそこで感染することはないと言い切ったこと。
科学者なら事実を観測してデータで示すべきだろう。尾身はそれをやっていない。只の思い込み。
20秒か30秒の横断を大勢が超接近でわいわいがやがや大声出しながらやる。毎日の夕方から数時間の営み。ここでオミクロンの交換が一度もない言い切るのは無理だろう。
誰もいない大平原で、1人と1人がすれ違う。挨拶代わりの立ち話を20秒か30秒かしただけでも、オミクロンを交換するチャンスはある。すれ違いざま、息を吸うタイミングと咳をするタイミングが合えば一瞬で暴露~感染~発症と進む。確率の多少の違いはあれ、チャンスはある。
尾身茂が如何に愚かな専門家か分かるというものだ。
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最初から尾身茂はクレイジーだった
尾身のクレイジーは一昨年の武漢ウイルス対応から始まっていた。春節で大勢の中国人がウイルスを抱えて日本に来ても暖かくなれば治まる。大したことないと笑って済ましていた。
西村康稔が無謀なGoToキャンペーンを始めた時も、人が移動するだけで感染などしないと笑っていた。馬鹿だね。移動はトポロジー的には閉空間と閉空間を接続することに相当。密室に穴をあける効果があるとなぜ分からないのだろう。
空港検疫でも米軍は放置。警鐘も慣らさなかった。
さて今回は、人流抑制は不要、人数制限が肝心みたいな、訳の分からないスタンス。世間が混乱してメディアも連日大騒ぎ。流石に慌てて、謝罪めいたことを口にしたらしい。
しかし、尾身茂は、根本的に人流抑制の意味を理解できていないことは、一昨年からの発言を見れば明らか。疫学の専門家どころか、素人のレベルも持っていない。統計とか分散とかの教養も持ち合わせていないのかも知れない。それくらいお粗末な発言が多い。
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尾身は防疫の素人。防疫事業に長けていても、感染学には長けていない。仁術より算術の人みたいだ。見苦しい。
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感染
複数の人が一定の空間を共有するときに、感染者が他の人を感染させること。その確率は幾つかのファクターで決定される。基本的には単純な話。
ただ日本の疫学の人たちはデータに基づく科学的アプローチに長けた人が少ないようだ。殆どの科学的分析に基づく報告は海外からくる。尾身茂を見ていると、これで日本のトップが務まるなら何も期待できないのは当然の帰結かな。
空間は静的空間に限らない。密室に限らない。ファクターの係数が変わるだけで、感染のチャンスは存在する。
人流が生み出すのは共有空間。それは、特定施設・スポットに限らない。市中の人流は不測の時間場所で共有空間~密接状態を生み出す。これはコントロールできない。これが本来の市中感染。
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人流~移動のトンネル効果を尾身茂は依然理解できていない。
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オミクロンは早くも次の変異を世の中に送り出したようだ。
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開閉可能な仮想的なシャッターを作っておかないと、この戦いはエンドレスだ。
シャッターを通ることが出来るのは、パスポートを手にした人だけ。
パスポートは、検査、ワクチン、コンタクトなどの履歴から、レベル区分されるもの。(早く誰か作ってよ)
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