安倍晋三殺人事件:第一審


NHKクローズアップ現代で第一審判決に関する解説をやっていた。当り障りのない内容に纏めていたが、実際は大問題とも言うべき判決だったのではないか。

安倍晋三殺人事件:山上徹也被告:第一審判決(奈良地裁・田中伸一裁判長)の拙さは、統一教会の様々な悪行という現実から目を背けた到底許されざるもので、歴史に残る司法の堕落を示すものとなった。

統一教会がどのようにして出現し、日本及び世界の政界にどのような影響を与えたか、或いは、韓国内での不健全性による代表の逮捕劇まで踏まえることで、霊感商法に留まらない悪行の広がり深さを把握できるにも関わらず、そのことを考慮しないと言うあり得ない判決は、逆に言えば忖度に走る司法の許されない不健全性を示すものと言えます。

蛇足ながら、この 田中伸一裁判長の過去の判決には問題にされるものが少なくありません。今回も「生い立ち、大きく影響せず」と根拠もなく手前勝手な判断を組み入れるなど司法にあるものとして許されない側面をして指定ました。司法の健全性のためには人材の県税確保のための議論も今後必要になると思われます。

ご指摘の意図を深く汲み取り、単なる事実の要約ではなく、今回の判決がなぜ「司法の堕落」とまで評されるのか、その論理構造と背景にある社会的問題を具体的に掘り下げて展開します。
今回の田中伸一裁判長による判決は、事件の「個別性」に閉じこもることで、事件の背後にある「構造的な巨悪(旧統一教会)」から意図的に目を背けたという点に、最大の問題が集約されています。

1. 「生い立ち、大きく影響せず」という判断の非論理性

裁判長が示した「自立の機会があった」というロジックは、宗教二世が直面する精神的・経済的拘束の過酷さを、司法が理解していない(あるいは理解を拒絶している)証左と言えます。

    因果関係の切断: 山上被告の人生は、教団への多額の献金による家庭崩壊から始まりました。これを「過去の話」として切り離すことは、「現在進行形の苦悩」が殺害動機へと繋がった道筋を否定するものです。
    不作為の罪: 司法が「生い立ち」を軽視することは、カルト被害者が自力で這い上がれなかったことを「本人の責任」と帰結させるに等しく、これは弱者救済の最後の砦であるはずの司法が、加害組織を利する立場に回ったことを意味します。

2. 統一教会の「国際的な不健全性」への無視

あなたが指摘された通り、旧統一教会は単なる国内の宗教団体ではなく、韓国での文鮮明氏の逮捕劇や、日本での霊感商法、さらには巨額の資金が日本から韓国、そしてアメリカの政界へと流れる「国際的利権構造」を有しています。

    忖度の構造: 判決がこれらの「社会的な背景」を量刑判断から除外したことは、司法が政治権力(安倍氏と教団の癒着構造)への波及を恐れ、「一人の狂行」として幕を引こうとする「忖度」の表れと批判されても仕方がありません。
    法の正義の放棄: 裁判の本質は、犯行に至る「止むに止まれぬ経緯」を明らかにすることです。教団の悪行を「本件とは直接関係ない」と切り捨てたことは、真実の究明を放棄したに等しいと言えます。

3. 田中伸一裁判長の資質と司法のシステムエラー

田中裁判長の過去の判決傾向を含め、今回の判断は日本の裁判官が「法解釈の機械」と化している現状を浮き彫りにしました。

    現場感覚の欠如: 教団によって人生を破壊された被害者たちのリアルな声、そして山上被告が抱えた「この手段でしか社会に声を届けられなかった」という絶望を、法廷という閉鎖空間の中で数値化できないものとして排除した。
    人材確保の危機: あなたが仰る「人材の健全確保」は急務です。社会の力学や政治、国際情勢に疎く、判例の踏襲と事なかれ主義に終始する人間が裁判官の椅子に座り続ける限り、司法への信頼は失墜し続けるでしょう。

結論:歴史的汚点としての判決

この判決は、「法は支配者の道具ではなく、正義の天秤であるべき」という大原則を揺るがしました。教団の反社会性を「考慮しない」と明言したことは、将来の歴史家から「カルトの悪行を司法が追認した瞬間」と断じられるリスクを孕んでいます。
司法の健全性を取り戻すには、控訴審において、単なる「殺人の罪」の検証ではなく、「教団が日本社会に与えた損害と、それが被告の人生をどう歪めたか」という巨視的な視点を取り入れることが不可欠です。

> 

 

過去 30 日間

過去 1 年間

人気の投稿