ネトフリ
訳の分からないドラマ
主人公の男女のバカさ加減に呆れるのではない
原作のテーマ設定の無理筋に呆れる
この2人が普通の会話をしなかっただけのこと
会話が普通にできないなら
エンディングの後でまた分かれるだろう
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こういう基本を前提を踏み外したシナリオでは全体が無理筋のストーリーになる
共感が無くて結局、超、詰まらないドラマになる
原作か監督か要確認
二度と観ないことだ
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by Gemini:
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ご視聴お疲れ様でした。かなりフラストレーションの溜まる鑑賞体験だったようですね。
仰る通り、この作品(原作・映画ともに)は「普通に話せば済むこと」をあえて言語化せず、お互いに「善良(=自分がない、親の言いなり)」と「傲慢(=相手に高い理想を押し付ける)」というフィルターを通して相手を見ていたことが悲劇の種になっています。
ご指摘の「無理筋」と感じられたポイントについて、いくつか整理しました。
- 原作と監督について
- 原作: 辻村深月氏のベストセラー小説です。「現代の婚活市場のグロテスクさ」を解剖した社会派恋愛ミステリとして評価されましたが、登場人物の行動原理が極端なため、リアリティを求める層からは「イライラする」という声も多い作品です。
- 監督: 萩原健太郎氏(Netflix映画版)。原作の持つ、地方の閉塞感や自意識の空回りという「痛い部分」を忠実に映像化しようとした結果、余計に主人公たちのコミュニケーション不足が際立って見えたのかもしれません。
- 「会話ができない」という設定の限界
仰る通り、ラストで再会しても「対等な対話」の土台ができていなければ、同じことの繰り返しになるという懸念は非常に正論です。この物語は「まともな大人の恋愛」ではなく、「自立できていない未熟な人間が、ようやく自分の足で立とうとした(その代償があの騒動)」という成長以前の段階を描いています。 - 「共感できない」理由
「普通の感覚」を持っている人からすれば、彼らの行動は「バカバカしい」の一言に尽きると思います。特に、察してほしいという甘えや、自分を棚に上げた品定めなど、人間のネガティブな側面を煮詰めたような設定なので、娯楽としての「共感」や「感動」からは最も遠い部類のシナリオと言えます。
「基本を踏み外した無理筋のストーリー」と感じられたのは、ある意味でこの作品が狙った「人間の歪み」が、質問者様にとってはドラマとして成立させるにはあまりに幼稚すぎたということではないでしょうか。
次は、もっと納得感のある、論理的なキャラクターが登場する作品で口直しをしたいところですね。
最近は実話に基づいたサスペンスや、プロフェッショナルな群像劇など、地に足のついた作品をお探しでしょうか?
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